住職の法話 第32回 諸法無我

諸法無我について

前回諸行無常についてお話ししました。 仏教では ①諸行無常 ②諸法無我 ③涅槃寂静 を基本的な考え方として三法印と言います。本日は諸法無我について。

「諸法無我(しょほうむが)」とは、仏教のとても大切な教えの一つで、「この世のすべてのものには、変わらない“本当の自分”という実体はない」という意味です。 少し難しく聞こえますが、身近な例で考えてみましょう。たとえば私たちは普段、「これが自分だ」と思っています。しかし、その自分の体はどうでしょうか。子どもの頃と今では姿も大きさも違い、細胞も日々入れ替わっています。心も同じです。昨日嬉しかったことが今日は悲しくなったり、考え方も経験によって変わっていきます。つまり、体も心も常に変化し続けており、「これが絶対に変わらない自分だ」と言えるものは見つからないのです。 また、人との関係や環境も含めて私たちは成り立っています。家族、友人、社会、食べ物や空気、あらゆるものとの関わりの中で今の自分が存在しています。これを仏教では「縁によって成り立つ」と考えます。もしそれらの条件が変われば、自分もまた変わらざるを得ません。ここにも「固定された自分」はありません。 このように、すべてのものは単独で存在しているのではなく、関係の中で生まれ、そして変わり続けています。これが「諸法無我」の意味です。 では、この教えは私たちに何をもたらすのでしょうか。それは「とらわれからの解放」です。私たちは「こうでなければならない自分」や「失いたくないもの」に強く執着し、それが苦しみの原因になります。しかし、本来すべては移り変わるものだと知れば、執着が少しゆるみます。 たとえば、思い通りにならない自分を責め続ける必要もなくなりますし、失うことへの過度な恐れも和らぎます。「変わっていくのが当たり前」と受け止めることで、心に余裕が生まれるのです。 諸法無我は、「自分がない」という冷たい教えではありません。むしろ、「すべてがつながりの中で生きている」という温かい見方でもあります。自分一人で抱え込まなくてよい、変わっていく自分をそのまま受け入れてよい、そう気づかせてくれる教えなのです。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ 合掌