住職の法話 第33回 涅槃寂静

涅槃寂静について 

先々月は諸行無常について述べました。先月は諸法無我について述べました。今回は三法印の最後である涅槃寂静についてお話しします。

涅槃寂静とは、「苦しみの火が消え、安らかで静かな世界」という意味です。

私たちは日々、「こうなって欲しい」「失いたくない」「なぜ自分だけ」と、さまざまな思いや欲、不安や怒りを抱えて生きています。

仏教では、その絶えず燃え続ける心の状態を、しばしば「火」にたとえます。

涅槃とは、本来「吹き消す」という意味の言葉です。

何を吹き消すのかというと、怒りや執着、欲望、不安によって燃え続ける苦しみの火です。

そして寂静とは、「静かで安らかな状態」を意味します。

つまり涅槃寂静とは、

「苦しみを生み続ける心の火が消えたときに開かれる、静かで安らかな世界」

ということです。

ただし、ここでいう安らぎは、「嫌なことが起きなくなること」ではありません。

病気も老いも別れも、人生から無くなるわけではありません。

それでも、それらに振り回され続ける生き方から離れ、深い安らぎに遇うことを涅槃寂静と言います。

浄土真宗では、その安らぎを「自分の力で作り出す境地」というより、

阿弥陀さまのはたらきによって開かれる世界

としていただいていきます。

ですから、

「苦しみが無くなるから安心する」のではなく、

「苦しみを抱えたままでも、なお安心できる世界が開かれている」

ここに涅槃寂静の味わいがあります。

短く言うなら、

「苦しみが消えることではなく、苦しみに振り回され続ける世界から解放されること」
となります。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ 合掌