住職の法話 第12回 空とは

仏教では「空」と言う言葉を使います。仏教が説く「空」とはどう言う意味でしょう。まず最初に申し上げたいのは空=無ではありません。

空というのは、そのモノ自体に備わった性質は無いという事です。

例えば、ここに一つのグラスがあります。それに水を入れて飲めば、それはコップという性質のモノになりますね。でも、水を入れてそこに一輪の花を挿したら文字通り一輪挿し、花瓶ですね。

一つの長椅子が有ります、そこに座れば椅子ですね、でもそこに寝転んだらベッドになります。

では、犬はどうですか?
犬好きの人から見たらドーベルマンのような犬も可愛いですね。でも嫌いな人ならばチワワでも怖いと思う人も居ますね。小さい頃に犬に噛まれたような人はトラウマですね。犬は可愛いのか怖いのか?真逆ですね。 

人はどうですか、男からみて魅力的な女性ってどんな人ですかね、まぁ見た目の話です。スレンダーでモデル体型な人が好きという人が居れば、ふくよかな人が好きな方も居りますね。痩せが美しいかふくよかが美しいか真逆ですね。

つまり、全てのモノや生き物はそれを見る人によって全く違う感情を持たせるのです。

という事は、全てのモノや動物や人は、それを見る側によって性質が簡単に変わりますね。これを、全ては空だといいます。ですから、空=無自性(むじしょう)とも言います。
そのモノ自体にはそのモノの性質を決定する事は無い。そのモノの性質を決定するのはそのモノを見る側にあるのです。
ですから、全て空ですよ。 

あなたのおウチのおばあちゃんがさっき食べたご飯を忘れて、「ご飯はまだかい」と言ったら、「おばあちゃん今食べたばかりじゃない」って言いますよね。でもね、あなたにとってのおばあちゃんは少し前まできちんとしていたおばあちゃんじゃないんですよ。今のおばあちゃんなんですよ。あなたが決めつけて思い描いているおばあちゃんは居ないんですよ。今のおばあちゃんに寄り添わなきゃいけないんです。空とはそういう真実を教えてくれるんです。

空とは物事の本質を見るために説かれた言葉です。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ 合掌