7月新盆(初盆)合同法要

7月13日に新盆(初盆)合同法要を執り行いました。

亡き方は、私たちにとってかけがえのない存在でした。その笑顔、その言葉、そのまなざしは今も心に刻まれています。その方のいのちが途絶えたとき、私たちは深い悲しみに包まれました。「もっと何かできたのではないか」「感謝をきちんと伝えられたのだろうか」と、思いが巡ることもあります。

仏教にはお盆のルーツとなった目連尊者の物語が伝えられています。目連尊者は、亡き母が餓鬼道に堕ちて苦しんでいるのを見て、なんとか救いたいと願いました。しかし、供物は炎となって消え、願いは届きませんでした。その時、目連尊者はお釈迦さまに導かれ、「自力では救えない」ことを知り、僧伽への供養という“仏の教えに触れるご縁”を通して母を救う道を教わったのです。

この物語は、私たちが「誰かを救いたい」と願う心と、「仏の慈悲にまかせる」道との間にある葛藤を映し出しています。浄土真宗では、亡き方はすでに阿弥陀仏の本願により浄土に往き、仏となられているといただきます。亡き方を“救う”のではなく、その方が仏となられて私たちを照らしてくださっている。この気づきは、悲しみの中にある私たちの心を、そっと包み込んでくれます。

私たちは大切な方との別れに涙を流し、その悲しみを乗り越えながら、思い出を胸に生きていきます。
そうした愛おしさ、感謝のこころ、仏法に出遇えるご縁といただくことを、これからも代々つないでいくのがお盆の大切な意味ではないでしょうか。